概要
「5 Why(ファイブ・ホワイ)」とは原因分析の手法で、製造業、IT、医療、航空など、さまざまな業界で使われてきた歴史のある手法です。
しかし、この100年以上の歴史のある手法は、現代社会における複雑な技術やシステムを使用する業務を対象とした原因分析には本質的に不向きであり、特に航空業界では、現在ほぼ採用されていません。
本記事では、5 Why がなぜ直感的で「使いやすく」・「正しく」見えるのか、そしてなぜそれが危険なのかを整理した上で、航空安全分野で主流となっている考え方や手法の解説へと話を進めます。
あなたの会社では「5 Why」が使われていますか?もしそうであれば、この技法の欠陥や限界をしっかりと理解して使う必要があるでしょう。「5 Why」を過信すると、最悪の場合全く的外れの原因と要因の特定、そして全く効果のない再発防止対策の立案につながってしまいます。
詳しく解説します。
5 Whyとは何か
5 Whyとは、発生した事象に対して「なぜ?」を繰り返し問い続けることで、表面的な事象から「根本原因」に到達しようとする手法です。
もともとは1930年代にトヨタ生産方式の文脈で紹介され、現場改善の思考補助として普及しました。1970年代には多くの企業が採用しました。
5 Whyを使った一般的な原因分析の流れは以下のとおりです。
- なぜ事象が起きたのか
- その理由はなぜ発生したのか
- さらにその背景はなぜ存在したのか
これを概ね5回繰り返すことで、「真の原因」に到達できるとされています。
この手法が魅力的なのは以下のような理由からです。
- 特別な訓練が不要
- 図表や専門知識がなくても使える
- 会議や報告書で説明しやすい
しかし、この「わかりやすさ」こそが最大の問題点(欠陥)でもあります。
ではどのような欠陥があるのか、なぜ航空業界で使われていないのかも含めて、次の章で解説していきます。
なぜ航空業界で使われなくなったのか
単純因果モデルの限界
航空事故・インシデントの分析は、長い歴史の中で大きく進化してきました。
初期(1920年代)の事故調査では、「操縦ミス」や「整備不良」といった単一原因モデルが主流でした。
しかし分析が進むにつれて、事故や重大インシデントの発生に関して、以下のような事実が明らかになります。
- ほとんどの事故は、一つの要因だけでは説明できない
- 人、機械、手順、環境、組織文化が同時に影響している
- 事後的に一本の因果に整理すること自体が、現実を歪める
これは、James Reason氏が提唱するSwiss Cheeseモデルというものでも説明されています。航空の世界には複数の防衛壁(安全対策、ルール、監視体制など)があり、これらを穴の開いたスイスチーズのスライスに例えます。なぜ防衛壁に穴が開いているかというと、どのような防衛壁でも、結局は人間が設計して実装しているため完璧なものはないという理由からです。通常、これらの防御層(スライス)の穴は任意の位置にあるため、危険がすべての層を通り抜ける(反対側が見える)ことはありません。重大な事故は、これらの複数の層の穴が偶然にも一時的に一直線に並んでしまった時に発生し、危険(ハザード)がすべての防御をすり抜けて被害(事故)に至るというプロセスを表しています。このモデルの鍵は、個人のミスだけを責めるのではなく、システム全体に潜む潜在的エラーを見つけ出し、防御層の「穴」を減らす、または重ならないように配置し直すという組織的な改善の重要性を強調している点にあります。

一方、今回テーマになっている5 Why は、本質的に直線的な因果連鎖を前提としています。
この前提が、さまざまな業務プロセスから成り立つ複雑な航空安全の現実と噛み合わなくなったのです。
国際的調査手法との不整合
現在の航空事故調査は、ICAO (International Civil Aviation Organization: 国連の国際民間航空機関)の枠組みのもとで行われます。
航空事故調査手法の詳細はこちらの記事で解説しています。
その中核にあるのは、
- 人的要因の体系的分析
- 組織要因・制度要因の明示
- 責任追及と原因分析の明確な分離
5 Why はこれらと構造的に相性が悪い手法です。
- 分析者の主観が入り込みやすい
- 「なぜ?」の選択肢が無限にあり、再現性がない
- 結果が人や管理に収束しやすい
そのため、航空分野では正式な事故・インシデント調査手法として採用されなくなりました。
5 Whyの構造的欠陥
1. 仮説検証のプロセスが存在しない
5 Why は、問いを立てて答える形式を取りますが、その答えが正しいかどうかを検証する仕組みを持ちません。
- 他の可能性と比較しない
- データによる裏付けを必須としない
- 反証されても構造上修正されない
これは論理的思考ではあっても、科学的分析ではありません。
2. 分析者依存性が極端に高い
同じ事象を5 Whyで分析しても、
- 分析者Aは「教育不足」に到達し
- 分析者Bは「管理不足」に到達し
- 分析者Cは「本人の意識の問題」に到達する
といったことが容易に起こります。
これは、5 Why が「手法」ではなく、
分析者の価値観を反映する思考様式に過ぎないことを意味します。
3. 原因が「人」に収束する構造
5 Why の問いを続けると、多くの場合、
- 確認不足
- 判断ミス
- 教育不足
- 管理不足
といった結論に行き着きます。
これは偶然ではありません。
5 Why は、人の行動を起点に因果を遡る構造を持つため、設計や制度の問題を後景化させるのです。
4. 原因と要因を区別しない
5 Whyは原因と要因を区別しないため、結果として不適切な再発防止対策につながる可能性があります。
国際的な航空事故や重大インシデント分析手法では、原因と要因の特定を明確に分けて行います。
一般的にはある事象における原因は一つで、これは事象の発生の直前に起きた事実になります。
一方、要因は複数あることが一般的で、ある事象の発生に起因した事実をいいます。
簡単な自動車事故で例で説明すると、自動車のスリップ事故の原因は「スリップしたことによる他の物件との接触」になります。
一方、要因はさまざまで、たとえば、速度超過・路面状況・タイヤの摩耗・視界不良・運転手の経験不足・運転手の疲労・精神状態・他の交通の介入などが挙げられます。
5 Whyではこれらの要因を適切に特定し検証ことが難しく、適切に特定されていない要因に対して再発防止策を立案することで再発するということが起こりえます。
欠陥が露呈する実例
ある運用上のトラブルを例にします。
5 Whyによる分析
- 事象:誤ったパラメータが設定された
- Why1:担当者が誤入力した
- Why2:ダブルチェックが機能しなかった
- Why3:時間的余裕がなかった
- Why4:業務が逼迫していた
- Why5:人員配置が不適切だった
対策として立案されたのは、
- 注意喚起
- チェックリストの追加
- 教育・訓練の強化
見落とされた要因
しかし、詳細に調査すると以下が判明しました。
- 入力画面のUIが直感に反する設計
- 単位表示がシステムごとに異なる
- 異常値を検知する仕組みが存在しない
これらは、人が間違えやすいことを前提にしていない設計の問題です。
5 Why は、こうした要因を構造的に拾い上げることができません。
航空会社での実例
それでは航空会社で実際に起きた事例をもとに、5 Whyを使うとどのような要因分析になるのか考えてみましょう。
機体A320で起きた事象です。同列の片側に大人3名と幼児2名が座席指定され、合計5名が着用し出発しました。離陸後の航行中に上空で客室乗務員がこれを発見し、機長の指示で座席移動してもらったというものです。
この型式の機体は、真ん中に廊下が一本ある片側3席ずつの座席配置になっています。
1列目 ①②③| 廊下 |④⑤⑥
2列目 ⑦⑧⑨| 廊下 |⑩⑪⑫
3列目 ⑬⑭⑮| 廊下 |⑯⑰⑱
緊急時に使用する酸素マスクは片側3席に対して4つであるため、大人3名が着席している場合に膝に乗せて搭乗できる幼児の数は1名が最大になります。
大人3名と幼児2名では合計5名となり、設置されている酸素マスクの数が足りないため、全員の安全が確保されず、この座席指定で出発してはいけないということになります。
出発前の安全点検を担当した客室乗務員は、この点検で見逃してしまいました。
それでは、この事象で5 Whyを使ってみましょう。原因分析の経験が豊富な人は、どういうストーリーになるかすでに予見できると思います。
5 Why分析
Why1:なぜ2名の幼児が座席指定されたことに気付かず出発してしまったのか。
⇒客室乗務員が気づくことができなかったから。
Why2:なぜ客室乗務員は気づくことができなかったのか。
⇒満席状態で旅客対応に追われ離陸時間が迫っており、出発前の安全確認の際に見落としてしまったから。(満席の認識はあったが、大人1名は確認時にトイレに離席していたためこれも起因した)
Why3:なぜ見落としてしまったのか。
⇒経験が足りていないから。
Why4:なぜ経験が足りていないのか。
⇒幼児2名以上が着席している状態を発見する訓練内容が設定されていないから。
Why5:なぜ訓練に設定されていないのか。
⇒法令要件や航空機メーカーの要求事項として具体的に訓練要件に含まれていないため。
対策:幼児2名以上が着席している状態を発見する訓練内容を設定する。
見た目では、論理的に展開されているように感じますが、これは5 Whyの欠点が露呈した事例です。
まず原因分析のスタートとして、客室乗務員に焦点を当てました。客室乗務員も当然安全点検の際に定員超過に気づくべきでしたが、これが主たる要因でしょうか。
一連の航空業務は、チケット販売→座席指定→チェックイン(座席指定)→搭乗→出発→離陸→航行→着陸→到着→降機という流れで進みます。
つまり本来焦点を当てるべきポイントは、そもそもなぜこのような座席指定が可能になっていて、チェックインできるのかなど、さまざまな要因を特定して分析する必要があります。
先に述べた交通事故の例と同じように要因の分析が不足していることが容易にわかります。
つまり、これも先に述べたJames Reason氏のSwiss Cheese モデルの防衛壁の穴がなぜつながってしまったのかというところの分析が不足しています。
5 Why においてはこのような分析するができない場合があるということがわかります。
一方、ICAOがその使用を提唱しているSHELLモデルであればこれらの要因を特定することができます。次の章で解説していきます。
推奨される考え方:SHELLモデル
SHELLモデルとは
SHELLモデルは、人間を中心に据え、
人と周囲の要素とのインターフェースの不整合に着目する分析枠組みです。
詳しくはこちらの記事で解説しています。
要因の系列としては以下があり、一つひとつの要因を特定していく手法です。
- Software:手順、マニュアル、ルール
- Hardware:機器、装置、表示、UI
- Environment:物理環境、時間的制約、組織環境
- Liveware:事象の発生に寄与した個人本人
- Liveware:他者との関係
5 Whyとの決定的な違い
SHELLモデルは、
- 原因と要因を区別する
- 人を「最後の砦」ではなく「調整点」として捉える
- 改善対象を設計・制度・環境に広げる
という点で、5 Why とは根本的に異なります。
結果として、
- 実効性の高い再発防止策
- 現場の納得感
- 組織学習の蓄積
が可能になります。
実際に先ほど5 Whyの事例として使った、幼児の定員オーバーを使いSHELLモデルをみていきましょう。
Software
- チケット購入時の幼児連れ旅客の座席指定ルールの欠如
- チェックイン時の幼児連れ旅客の座席指定ルールの欠如
Hardware
- 幼児連れ旅客が片側2名となる座席指定を検知する機能の不足(予約管理システムや座席管理システム)
Environment
- 旅客のトイレへの離席
- 旅客の持ち込み手荷物の数
- 前便の遅延による当該便の時間への影響
Livelihood
- 定時運航への時間的制約による焦り
Livelihood
- チーフパーサー:トイレに離席してる旅客がいることに気づいていたが、本人も当然気づいていると思い失礼になることからあえて伝えなかった。またブリーフィングで満席と伝えていたことから、旅客の離席に気づいていると思った。
SHELLの各要素で要因を特定したら、まずは特定した要因の中から最も事象の発生に貢献した主たる要因(主要因)を決定します。
その後、主要因への対策を立案します。主要因以外の要因であっても、事象の発生への貢献度が大きいと考えられるものについて対策を立案することも有効的な方法です。
今回の例で主要因となるのは以下の内容が考えられます。そもそも座席指定のルールがあり、座席指定を含む予約管理システムに実装されている必要があります。
加えて、必要に応じてこれらのルールからの逸脱を検知して警告するシステムの実装によりリクスの大半を低減することができます。
その他の要因は要因として存在することは確かですが、そもそも幼児の定員オーバーが発生しなければ、内の客室乗務員がこれらをチェックする必要もなくなりますので、この事象の内容と対策を周知する程度で特段の手当ては不要になると考えるのが一般的です。
Software
- チケット購入時の幼児連れ旅客の座席指定ルールの欠如
- チェックイン時の幼児連れ旅客の座席指定ルールの欠如
→幼児連れ旅客の座席指定のルールを策定する。
Hardware
- 幼児連れ旅客が片側2名となる座席指定を検知する機能の不足(予約管理システムや座席管理システム)
→Softwareの対策で策定する座席指定ルールに基づき、情報システムを活用した、幼児が片側に2名以上座席指定された場合の警告を発生させ運航便の出発を制限する仕組みの導入
5 Whyが効果を発揮する場面
会社の業務の複雑さや使い方によっては、5 WhyのほうがSHELLモデルよりも便利な場合があります。
- 原因分析の経験が豊富な人物が簡易的に当たりをつけて論点整理する場合
- 緊急的に状況を分析する場合
- 業務がシンプルな場合や直列的に実行される場合
- リスクを取ってコストを下げたい場合
SHELLモデルを理解している経験豊富な人物がおおよその予想を立てるために簡易的に5Whyを使うということはよくあります。ただし、厳密に5回whyを繰り返すこともなく、書面に書き出すというようなこともせず、頭の中で経験上最もらしい道筋を立てるために使います。
また緊急的にその状況を分析するのにも役立つ場合があります。例えば、工場で床が濡れている場合、なぜ濡れているのか、水漏れがあるのか、なぜ水漏れがあるのかなど、おおよその状況分析には便利な場合があります。
さらには業務が単純で直列的な場合にはSHELLモデルよりも5Whyのほうが適切と言えるでしょう。例えば、食肉加工工場のラインの一部で肉の形が崩れてしまったとしましょう。なぜ崩れたのか、なぜ切断器具の切れ味が悪くなったのか、なぜ研磨がされていないのかなど、業務が単純であるため考えられる要因の幅が狭い場合には5Whyのほうが使いやすいこともあります。
究極的に、業務の複雑さなどは考慮に入れず、再発防止というよりも再発防止活動をやること、つまり手段を目的としてコストを下げることを最優先する場合、再発してもいいという価値観であれば5 Whyを使うということも一つの選択肢になり得ます。あまりいい例は浮かびませんが、例えば、突然の監査の予定ができ、とりあえず再発防止の仕組みらしいものを導入し何もしていないと言われないようにする場合など、簡易的にそれらしい取り組みをするという場面などでしょうか。
おわりに
5 Why は、簡単で説明しやすい手法です。
しかし、複雑なシステムの失敗を扱うには、あまりにも単純すぎる。
航空業界が5 Whyを手放してきたのは、
「理屈として間違っているから」ではなく、
「事故を減らすという目的に合わなかったから」です。
原因分析の目的は、結論を出すことではありません。
次に同じ失敗を起こさないことです。
それには適切な原因と要因の特定が必要で、適切に特定した要因に対して再発防止策を立案し実行することが必須になります。5 Whyではこの観点から限界があり、特に業務が高度で複雑な航空では使われなくなりました。
その他の業界では、原子力発電や医療でも航空と同じような進化をとげています。
再発防止という視点に立つなら、
5 Why に固執する理由は、もはやどこにもありません。



