先日、エアインディアの痛ましい事故が発生しました。
航空の歴史において、事故は繰り返され、その度に、原因が調査され、対策が実施されより安全な航空産業に進化してきました。
安全管理の進化の一端を担うのが、航空機事故調査です。
今回は、航空事故や重大インシデントが発生した際の調査手順や関連の法令等について解説します。
目次
航空機事故に関する法律の定め
航空は規制産業である性格から、ほとんどの事柄が航空法等の法令によって定められています。
航空事故の調査において、誰がどのように調査を行うのかを理解するには、関連法令の理解が必要になりますので、まずは、法令の定めについてみていきましょう。
航空法
航空事故や重大インシデントが発生した際には、航空会社は航空局に報告することが義務付けられています。
航空法第111条の4 (安全上の支障を及ぼす事態の報告)
本邦航空運送事業者は、国土交通省令で定める航空機の正常な運航に安全上の支障を及ぼす事態が発生したときは、国土交通省令で定めるところにより、国土交通大臣にその旨を報告しなければならない。
航空法施行規則第221条の2(安全上の支障を及ぼす事態の報告)
法第百十一条の四の国土交通省令で定める事態は、次に掲げる事態とする。
一 法第七十六条第一項各号に掲げる事故
二 法第七十六条の二に規定する事態
三 航空機の航行中に発生した次に掲げる事態
イ 航空機の構造が損傷を受けた事態(当該航空機の修理が第五条の六の表に掲げる作業の区分のうちの大修理又は小修理に該当しない場合を除く。)
ロ 航空機に装備された安全上重要なシステムが正常に機能しない状態となつた事態
ハ 非常用の装置又は救急用具が正常に機能しない状態となつた事態
ニ 運用限界の超過又は予定された経路若しくは高度からの著しい逸脱が発生した事態
ホ イからニまでに掲げるもののほか、緊急の操作その他の航行の安全上緊急の措置を要した事態
四 前三号に掲げるもののほか、航空機の構造の損傷、非常用の装置の故障、装備品等の誤つた取付けその他の航空機の正常な運航に安全上の支障を及ぼす事態
第二百二十一条の三 法第百十一条の四の規定により、本邦航空運送事業者は、前条に掲げる事態が発生した場合には、遅滞なく、次に掲げる事項を国土交通大臣に報告しなければならない。
一 氏名又は名称
二 航空機の国籍、登録記号及び型式
三 報告に係る事態が発生した日時及び場所
四 報告に係る事態の概要及びこれに対する措置
五 その他参考となる事項
航空事故や重大インシデントの報告を受けた航空局は、その事象が実際に航空事故や重大インシデントに該当するか、法令をもとに評価し、該当する場合は航空事故や重大インシデントを認定します。
航空事故や重大インシデントに該当するかの判断の対象となる法令は航空法第76条です。
航空事故や重大インシデントの定義や認定などはこちらで解説していますので、こちらも読んでみてください。
航空事故や重大インシデントと認定されると、運輸安全委員会設置法に基づき運輸安全委員会が航空事故や重大インシデントを調査します。
運輸安全委員会設置法
第四条(任務)
委員会は、航空事故等、鉄道事故等及び船舶事故等の原因並びに航空事故、鉄道事故及び船舶事故に伴い発生した被害の原因を究明するための調査を適確に行うとともに、これらの調査の結果に基づき国土交通大臣又は原因関係者に対し必要な施策又は措置の実施を求めることを任務とする。
航空事故や重大インシデントの原因や要因には、規制当局の監督についても含まれる可能性があるため、規制当局自身が調査を行うと、調査の公平性が損なわれるため、運輸安全委員会という国土交通省内の第三機関が調査することになってます。
航空事故や重大インシデントの調査手順
運輸安全委員会設置法の第3章「事故調査等」で、航空事故や重大インシデントの調査方法を定めています。
第十八条(事故等調査)
委員会は、国際民間航空条約の規定並びに同条約の附属書として採択された標準、方式及び手続に準拠して、第五条第一号及び第二号に規定する調査を行うものとする
これはどういう意味かというと、運輸安全委員会は、日本政府が国際民間航空機関に加盟するために署名した、国際民間航空条約の付属書で決められている航空事故や重大インシデントの調査ルールや調査方法に従って調査します。ということが書かれています。
航空機は国境を超えて運航されるため、航空事故や重大インシデントの調査方法も国際的なルールが決められています。
これにより、国際民間航空機関の加盟国は、どの国の航空機が、どこの国で航空事故や重大インシデントを起こしても、共通した手法で調査が行われるようになっています。
現代の国際的かつ複雑な航空産業において、各国で調査手順が異なると、調査の一貫性が失われ、調査品質にばらつきが出てしまいます。そのため、国際民間航空機関の加盟国は、国際的なルールで定められた方法で航空事故や重大インシデントを調査します。
これにより、どこの国が調査しても、同じような調査の品質を担保することができます。また、政治的な圧力を回避することもできます。
ちなみに国際民間航空機とは、国際連合の経済社会理事会の専門機関の一つで、国際民間航空条約、通称シカゴ条約により1944年に設置されました。
日本は、第二次世界大戦後に国際連合への参加復帰が認められ、1953年10月にシカゴ条約に署名し国際民間航空機関に加盟しました。
国際民間航空機関は、ハイジャック対策などのテロ対策等のための条約の作成、国際航空運送の安全・保安等に関する国際標準・勧告方式やガイドラインの作成等を行っており、国際的なルールづくりの役割を担っています。
どこ国の人も同じサイズのパスポートを持っていることに気づくと思いますが、実はこれも国際民間航空機関(Part 4: Specifications for Machine Readable Passports (MRPs) and other TD3 Size MRTDs)の取り組みの一つです。
このように、航空産業における国際的なルールを定めているのが国際民間航空機関であり、航空事故や重大インシデントの調査においても国際的なルールがあり、日本は国際民間航空機関の加盟国として、これらのルールに従うことが求められています。
国際民間航空機関が定める航空事故や重大インシデントの調査手順
それでは、国際民間航空機関が定める航空事故や重大インシデントの調査手順の中身をみていきましょう。
シカゴ条約(国際民間航空条約)
1953年10月にシカゴ条約に署名した日本は、国際民間航空機関の加盟国でありシカゴ条約の内容に従う必要があります。この条約の付属書(Annex)13に、航空機事故・インシデント調査の定めがあります。(Annex 13 to the Convention on International Civil Aviation: Aircraft Accident and Incident Investigation)
これには、国際的な調査の標準が定められています。
このAnnex13には、関係国(States concerned)の航空事故・重大インシデント調査に参加・協力する権利や義務が明記されています。
航空事故や重大インシデント調査の関係国は以下の通り5つの種類があります。
実際の航空事故や重大インシデント調査を担当するのは、事故発生国(主権的な領域内で事故等が発生した国)になります。これには重大インシデントも含みます。
ただし、公海上や南極上空など、いずれの国の領域にも該当しない場所で航空事故や重大インシデントが発生した場合は、航空機の登録国に調査する責任があります。
事故発生国や航空機の登録国が調査を主導し、その他の関係国はその調査に参加する権利や技術支援や情報提供を行う責任があります。
関係国には、最終報告書の草案に対するコメント提出権や報告書への補足意見の添付権があります。
国の種類 | 内容 |
事故発生国(State of Occurrence) | 主権的な領域内で、航空事故やインシデントが発生した国(調査を主導) |
登録国(State of Registry) | 航空機が登録されている国。公海上や南極上空など、いずれの国の領域にも該当しない場所で事故が発生した場合の調査。 |
運航国(State of the Operator) | 航空機の運航者が属する国(オペレーター所在地) |
設計国(State of Design) | 航空機やその装備の設計元の国(例:米国のボーイングなど) |
製造国(State of Manufacture) | 航空機やその装備が製造された国 |
関係国の権利や義務については、例外もあります。特殊なケースとして、外国での事故の場合や事故発生国や航空機の登録国に調査能力がない場合、他の関係国へ調査委任することも可能です。通常は製造国や運航国が代行します。
エールフランス(447便)墜落事故(2009年)は、ブラジル沖 大西洋上の公海(領海外)であったため発生国が存在しませんでした。そこで、航空機の登録国であるフランスが事故調査を担当しました。この調査では、フランスは事故発生場所の隣国としてブラジルからの支援を受けています。
リビア航空墜落事故(2002年)は、リビア・アラブ航空のFokker F27がチャドの領土に墜落した事故です。当時、チャドには独立した航空事故調査機関がなかったためチャド政府はICAOに調査支援を要請し、リビアとフランスによる事故調査が行われました。
国際民間航空機関のガイドライン
国際民間航空条約の付属書13に記載されている、国際的な調査の標準の細かい手順は、別に手順書として独立しており、実際の調査はこれらの手順書に従い実施されます。
これは前に説明した、運輸安全委員会設置法で定める航空事故や重大インシデントの調査方法です。
- ICAO Doc 9962 – Manual on Accident and Incident Investigation Policies and Procedures(事故・インシデント調査方針)
- ICAO Doc 9756 – Manual of Aircraft Accident and Incident Investigation(事故インシデント調査手順)
- ICAO Doc 9946 – Manual on Flight Recorder Data Analysis(フライトデータレコーダの分析手順)
- ICAO Doc 10062 – Manual on Accident and Incident Investigation in Hazardous Environments(危険な環境における事故・インシデント調査手順)
手順書は複数ありますが、調査の全体的な標準となるのは、以下の手順書です。
・ICAO Doc 9962 – Manual on Accident and Incident Investigation Policies and Procedures
方針レベルで、事故・インシデント調査の手順を定めています。
・ICAO Doc 9756 – Manual of Aircraft Accident and Incident Investigation
Doc 9962の方針に従って細かい事故調査手順がマニュアルとして定められています。
事故・インシデント調査手順書の内容
ICAO Doc 9756 – Manual of Aircraft Accident and Incident Investigationに、国際的な事故・インシデント調査の標準的な手順が定められています。
国際民間航空機関に属する加盟国は、これらの内容に従って。事故・インシデントを調査することが期待されます。
手順書で定めている内容を見ていきましょう。
大きく4つPartにわかれています。
Part I – 組織と計画 (Organization and Planning)
- 目的と概要:Annex 13(航空機事故・インシデント調査)に基づき、事故調査機関の設立・組織・計画のための指針を提供
- 調査機関の構成:独立性の確保、法的枠組み、資金、人員、設備基準などを明記 。
- 調査計画:現場作業・通知手続きの流れ、マスメディアとの連携、安全保障の確保など 。
- 現場対応:初動対応の安全性を重視し、個人防護具の使用、気象や地形の特殊条件下での対応策を詳述 。
- 国家当局連絡先:各国事故調査機関の連絡先を包括 。
Part II – 手順とチェックリスト (Procedures and Checklists)
- 共通技術と手順:事故現場調査のプロセス(遺留物、痕跡、証拠取得など)に関する標準化された技術を紹介 。
- チェックリスト:事故対応に必要な項目(現場封鎖、証拠保護、関係者連絡など)を明文化 。
- 大規模事故対応指針:組織体制、手続き、優先順位など、規模の大きな事故に対応するためのガイドが含まれる 。
Part III – 調査 (Investigation)
- 総合的な調査プロセス:テクニカル分析からデータ解析まで、調査の具体的な進め方を体系化 。
- 技術分野別ガイド:
- 機体構造・システム故障
- フライトレコーダー解析
- パフォーマンスや操縦操作の分析
- ヒューマンファクター、ATC、気象など多面的な解析 。
Part IV – 報告 (Reporting)
- 最終報告書作成手順:
- 定式化された構成(表紙~結論~勧告)
- 付録、記号・用語集、一部報告書の公開制限 。
- 安全勧告の形成・手続き:原因究明から有効な安全勧告策の構築、関係機関へ提出 → 回答のフォローアップ 。
- ADREP 報告:ICAO・関係国向け報告(予備報告と公式事故/インシデント・データ報告)文書化 。
- 配布・公開ルール:最終報告のドラフト、公開時期、配付先、相互交換の方式など詳細規定。
国際民間航空機関のルールが適用されないケース
国際民間航空機関のAnnex 13やDoc9756に定める標準的なルールに従って航空事故や重大インシデントの調査がされるのは、あくまでも対象が民間機の場合だけです。
民間機ですので、エアラインなどの航空運送事業者が運航する機体やドクターヘリなどの民間企業が運航を請け負っている場合や、趣味で飛行する私用の場合などに発生した航空事故や重大インシデントにおいて、これらのルールが適用されます。
軍用機(日本では自衛隊機)にはこれらのルールは適用されません。
理由としては、国際民間航空機関が、国際民間航空の安全性・効率性・秩序ある発展を目的とする国連の専門機関であり、そもそも軍用機等を対象としていないことや、軍用機の運用・整備・事故調査には、国家機密や防衛上の秘密情報が含まれることが多く、国際的な透明性や中立性を要するICAOの枠組みに馴染まない側面があることです。
また、事故調査や運航基準を国際機関に任せることは、主権の侵害や防衛上のリスクにつながると各国が考えており、ICAOもこれを尊重しています。
このことは、日本の「自衛隊法」でも明記されています。
自衛隊法の第百七条(航空法等の適用除外)には次のように書かれています。
「7 運輸安全委員会設置法(昭和四十八年法律第百十三号)第五条の規定は、自衛隊の使用する航空機について発生した同法第二条第二項の航空事故等(自衛隊の使用する航空機と自衛隊以外の者が使用する航空機との間に発生したものを除く。)については、適用しない。」
一方、民間機と自衛隊機の衝突やニアミスのような事例では、民間側(国土交通省や運輸安全委員会)と調整・情報共有がなされることがあります。
これも自衛隊法の第百七条(航空法等の適用除外)に明記されています。
「8 防衛大臣は、航空事故の防止又は航空事故が発生した場合における被害の軽減のために有益であると認める前項の航空事故等に係る情報を運輸安全委員会に提供するものとする。」
自衛隊機の事故や重大インシデントの調査は防衛省が行うことになっていますが、興味深いことにこのことは自衛隊法には明記されていません。
防衛省の訓令(航空事故調査及び報告等に関する訓令(昭和30年防衛庁訓令第35号))に航空事故調査に関する事項が定義されています。
まとめ
航空機事故や重大インシデントが発生した際、その原因を正確に究明し、再発防止に向けた対策を講じることは、航空安全を守るうえで極めて重要です。
こうした取り組みを支えているのが、国内法と国際ルールに基づいて行われる航空事故調査の制度です。
日本では、航空法や運輸安全委員会設置法などにより、事故が発生した場合の報告義務や調査の枠組みが明確に定められています。
さらに、調査は国際民間航空機関(ICAO)のルールに従って行われ、国際的に一貫した品質と透明性が確保されています。
また、軍用機については、民間機とは異なる独自の調査体制が整備されていますが、民間との連携も制度的に位置づけられています。
航空機事故の調査は、単なる原因の特定にとどまらず、「学んだ教訓を次にどう活かすか」ということが非常に重要です。
事故という痛ましい出来事をきっかけに、安全の礎が築かれていく──それが航空事故調査の果たすべき使命なのです。