原因と要因の違い、対策の立て方【航空安全管理の視点から解説】

不安全事象の発生には必ず原因と要因があります。

労働災害、作業品質不具合、安全管理などで、原因と要因が混同して使われていることを目にします。

再発防止の観点からは、これらは明確に切り離して認識し、対策を立案することが必須です。

なぜなら、原因に対策を施しても全く効果は無く、要因に対して対策を施す必要があるからです。

原因と要因の違いや対策の考え方について、航空安全管理の視点から例を挙げて解説します。

目次

言葉の定義

原因

原因とは、「事象の発生に直接関与した事実」をいいます。

例えば、人の死亡であれば、「肺がんで死亡したことは死因」でありこれが直接関与する事実になります。

交通事故であれば、「他の物件との衝突」が直接関与する事実です。

骨折の労働災害であれば、例えば、「腕を他の物件にぶつけたこと」が直接関与する事実です。

飛行機の墜落であれば、「地表との衝突」が直接関与する事実です。

原因は事象の発生に直接関与する事実であるため、ほとんどの場合、発生した事象に対して1つです。

要因

要因とは、「原因の発生をもたらした事実や状態」をいいます。

原因の発生をもたらした「事実」は事実であるため、特定が比較的簡単です。原因の発生をもたらした「状態」の特定は、事実として認識できないため、特定が困難です。

原因の例に併せて要因を考えてみましょう。

肺がんの要因

人の死亡の原因が「肺がん」である場合、その肺がんをもたらした事実や状態が要因になります。

肺がんをもたらす事実や状態として考えられるのは、例えば、代表的なものは、喫煙があります。その他の要因としては、受動喫煙、環境、食生活、放射線、薬品などがあります。(一般社団法人日本呼吸器学会

交通事故の要因

交通事故の原因が「他の物件との衝突」である場合、衝突をもたらした事実や状態が要因です。

例えば、速度超過、わき見運転、飲酒・酒気帯び運転、滑りやすい路面、視界不良、車両整備不良などです。

労働災害の要因

労働災害の骨折の原因が「他の物件に腕をぶつけたこと」である場合、それをもたらした事実や状態が要因です。

例えば階段を踏み外して、腕を壁にぶつけて骨折したとしましょう。労働災害(ケガ)の原因は「壁に腕をぶつけたこと」ということになり、その要因としては、例えば、階段の明かりが暗かった、書物を読みながら階段を下りていた、重い荷物を運んでいた、階段の表面が滑りやすかったなどになります。

航空事故の要因

航空業務は、様々な人、機械、情報管理システム、規定、手順などがあり複雑で、要因の特定が容易ではありません。場合によっては、乗客の関与などもあり、広い視野で要因の特定をする必要があります。

交通事故で例に挙げた「事実」要因は、事実であるため特定がしやすい要因になります。

事実以外の「状態」の要因としてあり得るのが、疲労状態、心理状況など人間に関する部分で作業者のエラーを誘発するものです。これらの特定は、当事者への聞き取りでしかわからないことが多く、慎重な対応が必要です。

航空の不安全事象では特に、ヒューマンエラーによる事象の発生がほとんどあり、この「状態」の特定が重要になります。「状態」要因の例として実際にあったものは、ストレス、疲労、家庭の悩み、会社への不信感などで、聞き取りをしないとわからないものでした。

「状態」は人に関することであるため慎重な聞き取りが要求され、社内で認められた聞き取りの知識や技術を訓練された社員しか聞き取りができないようにしている会社もあります。

要因はその性質から、ほとんどの場合、1つの原因に対して複数存在します。また、原因の発生状況は一つひとつ違うため、要因もそれぞれの事象にによって変わることは明らかです。

同じ肺がんの人でも喫煙歴があったりなかったり、同じ交通事故でも速度超過が要因であったり凍った路面が要因であったり、労働災害においてはその作業場所や状況によって要因は異なります。

要因の特定において重要なことは、複数ある要因から最も原因の発生をもたらしたと思われる事実や状況を特定することです。これを「主要因の特定」といいます。

主要因に対して対策を行うことが一番効果的になります。その他の複合要因の原因の発生への関与が弱い場合は、対策を取らなくても再発する可能性が低い場合もあります。

要因の特定手法(SHELLモデル)

要因を特定する手法は多くあります。航空業界においてはSHELL(シェル)モデルが使われることが多いです。

SHELLモデルとは、要因の主となる人物(作業者)がいる業務環境に存在する様々な要素を整理して考え、どこに要因があるのかを考えていく手法です。

・Sは「Software」で、ルール、手順、文書など通常のオペレーションで使用されているものです。

・Hは「Hardware」で、使用する器機やその機能やデザインなどです。

・Eは「Environment」で、業務環境などをいいます。

・Lは「Liveware」で、「要因の主となる人物」のことです。航空で言えば、パイロット、キャビンアテンダント、整備士、管制官、グラウンドスタッフ、管理業務スタッフなどです。「要因の主となる人物」と「その他の人物」が業務上存在するため、Lが2つあります。

・Lはもう一つありこれも「Liveware」ですが、このLは上記の「要因の主となる人物」と関連している「その他の人物」をいいます。例えば上のLが機長の場合、このLは副操縦士、上のLがチーフパサーであれば、このLはその他の客室乗務員、上のLが管制官の場合、このLは通信を行っている操縦士などとなります。

業務はこの4つの要素(5つの項目)が整って正確に行えるため、「要因の主となる人物」と一つひとつの要素との関連を見ていき、原因の発生をもたらした要因を特定します。

SHELLモデル

5つの要素の間で要因が発生するため、5つの要素はぴたりくっついておらず、隙間があります。要因の特定ではまさに、この隙間をよくみていく必要があります。

それぞれの関係性には呼び方があります。

・LSインターフェース:Liveware(要因の主となる人物)とSoftwareの関係はLSインターフェースと言います。例えば、要因の主となる人物にとってわかりにくい表現で書かれた手順書やチェックリスト、エラーを誘発する手順などがここで特定される要因になります。

・LHインターフェース:Liveware(要因の主となる人物)とHardwareの関係はLHインターフェースと言います。例えば、レバーの位置を示す表示が薄くなっていることなど、要因の主となる人物にとって操作が難しい機器などがここで特定される要因になります。

・LEインターフェース:Liveware(要因の主となる人物)とEnvironmentの関係はLEインターフェースと言います。例えば、業務環境であれば照明不足による視界不良などがここで特定される要因になります。

・LLインターフェース:Liveware(要因の主となる人物)とLiveware(その他の人物)の関係はLLインターフェースと言います。例えば、言い間違い・聞き間違いなどのコミュニケーションエラーなどがここで特定される要因になります。

・またインターフェースにない単純なLiveware(要因の主となる人物)だけの要因もあります。単純に起こしたエラー、勘違い、思い込みなどが特定される要因になります。

再発防止対策

原因と要因の解説をして、再発防止対策について話をしないのは意味がありません。原因と要因を特定する目的は、適切な対策を取り再発を防止することを目的にしているからです。

SHELLモデルで簡単な例として出した要因への再発防止対策を考えてみましょう。

要因例対策例
LSインターフェース:
わかりにくい表現で書かれた手順書
手順書をわかりやす表現に修正し、作業者が統一されたて手順で業務ができるよう改善
LHインターフェース:
薄くなっているレバーの位置表示
・レバー位置の表示の修正
・表示が薄くならないような手当
・他の機器の全数点検
LEインターフェース:
照明不足による視界不良
照明器具の設置、視界不良時の作業内容の限定
LLインターフェース:
言い間違い聞き間違いなどの
コミュニケーションエラー
・復唱(言い換えて復唱)の手順化
・共通言語(スタンダードフレーズ)の手順化
・チェックリストなど書面による重要事項のコミュニケーションの手順化
Liveware
(要因の主となる人物)のみ:
思い込み
教育の実施などによる反復訓練、掲示による注意喚起で思い込み排除

このように要因一つひとつに対して対策を立てていきます。

ほとんどの場合、対策を実施するには業務手順を変えたり、新しい手順を導入する場合は、変更の周知徹底と差異に関する教育訓練の実施が必要です。これを怠ると「机上の対策」となり効果が全く出ません。

これを担保するためによく言われるのが、PDCAサイクルです。

・Pは「Plan」で、対策の計画です。上の表に記載したようにSHELLのそれぞれの要素において対策を計画します。

・Dは「Do」で、実際の対策の実施です。

・Cは「Check」で、対策の効果の確認です。効果の確認は、新しい手順が現場で実施されているかの確認から、事象の発生件数の推移、作業者へのインタビューやアンケートなどから、実施した対策が効果的かを把握します。

・Aは「Action」で、効果があると認められる場合は恒久的な措置として導入し、効果が無いと認められる場合には、計画した対策の見直しや追加の対策を計画し、DCAのプロセスを繰り返します。

事例

ここまでは原因・要因の意味の違いと、SHELLモデルを用いた要因の特定方法、対策内容を簡単な例を用いて説明してきました。

ここからは実際に発生した航空の不安全事象を用いて深く原因と要因についてみていきましょう。

2019年6月15日に羽田空港で発生した重大インシデント「着陸を許可された航空機が進入中の滑走路の他機による横断を例にみていきましょう。

なお、航空重大インシデントの定義は当サイトでも解説しています。

航空事故 / 重大インシデントとは?

運輸安全委員会委員会によると、当重大インシデントの発生の経緯は、スカイマークのボーイング737-800が着陸許可を受けて滑走路34Lへ最終進入中、ANAのボーイング787-9が管制許可を受け、同滑走路を横断したという事象です。

原因

この重大インシデントの原因は、「タワー西席から着陸許可を受けてスカイマーク機が滑走路に進入中、ANA機がタワー西席から許可を受けて滑走路を横断したため発生したものと認められる」、という内容です。

航空法第76条の2の「航行中他の航空機との衝突又は接触のおそれがあった」場合に重大インシデントに認定されるため、「事象の発生に直接関与した事実」として、これが原因になっています。

要因

次に要因ですが、運輸安全委員会によると、2つあります。

一つ目は、「タワー西席がANA機に滑走路の横断を許可したことについては、訓練監督者がスカイマーク機に対する着陸許可に気付かぬまま、訓練生にANA機の滑走路横断を許可するように促した」こと。

二つ目は、「スカイマーク機に着陸許可を与えたことを失念していた訓練生が、訓練監督者の指示に従ってANA機に横断を許可したことによるものと推定される」という内容です。

2機が接近しすぎたことは原因で、事実であり、これに対しての対策をしても適切な対策は施せないでしょう。

要因である、「気付かなかった」「失念していた」という要因に対策を施すことで再発防止できます。

要因のところで説明した通り、航空ではヒューマンエラーの要因がほとんどです。なぜ気付けなかったのか、なぜ失念してしまったか、慎重なインタビューでその裏にあるものを調査していく必要があります。

再発防止対策

対策は細かくわけて4つ実施されました。

・訓練環境適正管理のための要領を制定し、訓練監督者が他席と調整しなければならない状況では、OJTを中止し、訓練監督者が管制業務を行うこととした。

⇒LEインターフェースの観点での改善

・訓練生のOJT開始前の初期訓練カリキュラムを拡充し、他席との調整に関する訓練を盛り込んで、OJT以降判定レベルを引き上げた。

⇒単純にL(要因の主となる人物)とLSインターフェースの観点での改善

・訓練監督者に対する再教育

⇒単純にL(要因の主となる人物)の観点での改善

・航空安全を前提としたOJTの適切な実施のための取組を開始し、研修内容や各官署における取組の検討と実施をした。

⇒LSインターフェースの観点での改善

組織的な要因

ここまでSHELLモデルを用いて、要因の特定と対策等について説明してきました。

最後に重要なことをお伝えします。それは、要因の発生には必ず組織の関与があるということです。

例えば、Softwareであるルールや手順の作成や承認は組織的に行われていますし、Hardwareの選定と導入も組織的な意思決定で行われています。単純なLの「失念」であってもそれはなぜ起きたのか、組織的な関与の観点で、教育訓練内容や頻度はは適切か、業務環境は適切かなど、SHELLモデルを用いて特定していくことが必要です。

管制の重大インシデントの事象でも見た通り、OJTの環境を決める要領が無かったことは組織的な課題ですし、カリキュラムに欠陥があったことも組織的な課題です。

これは、航空だけでなく、品質不具合や労働災害にも言えることとです。

要因の主となる人物を責めることや解雇することで腐ったミカンを捨てるようなことは、不当であり、品質管理や安全管理上の再発防止策という観点では、全く効果のないことです。

「原因」と「要因」をしっかりとわけて考え、「要因」を慎重に特定し、さらに「主要因」から対策を考えていくことで、再発防止が効果的・効率的に可能になるということを忘れてはいけません。